戦略コンサルから、変革を率いる当事者へ。
顧客のAI推進組織を立ち上げ、
室長として構想から実装までを担う
Manager/Next Gen Division
山本 玄人
整った環境に移るのではなく、自ら環境をつくる側へ。
前職はEYストラテジー・アンド・コンサルティングで、戦略コンサルタントとして働いていました。ITSOとの接点は、前職でRPA関連のプロジェクトを共に推進した深野(現CTO)から声をかけられたことです。信頼する先輩ではありましたが、当時は積極的に転職を考えていたわけではありません。
転機になったのは、自分のキャリアを会社に預けるのではなく、自ら設計したいという意識が強くなったことです。子どもの誕生を控え、育児休業も含めてライフステージと向き合いながら、仕事の責任も裁量も手放さない働き方を模索していました。加えて惹かれたのが、完成された組織に加わるのではなく、これからの組織や事業をつくる余地があること。働きやすさだけではなく、自分の意思で環境そのものを前進させられると感じ、ITSOへの参画を決めました。
業務面では、前職でも業務コンサルティングに近い領域を経験していたため、大きなギャップはありませんでした。ただし、組織は想像以上に発展途上でした。当時はコンサルティング部門の機能や役割もまだ定まりきっておらず、私自身も開発プロジェクトのマネージャーを兼ねるなど、必要な役割を越境して担っていました。
振り返れば、その未完成さこそが最大の機会でした。事業の拡大に伴って役割と組織は急速に進化し、入社当時とは会社の景色も大きく変わっています。会社の成長速度に適応するだけでなく、自分自身が次の成長を生み出す側であり続ける。その意識で、知識と役割を更新し続けています。
専門性とは、知識の量ではなく、前提を更新し続ける力。
現在、顧客企業のAI推進組織で室長を務めています。この立場で一度、自分の専門性を根本から問い直す経験がありました。AI推進責任者には、顧客より先に変化を捉え、意思決定に必要な選択肢を示すことが求められます。しかし、ある会議で私が技術的な制約として説明した内容が、すでに解消されているとお客様から指摘を受けました。
問題は、知識が一つ古かったことではありません。責任者として、前提を更新し続ける仕組みを持てていなかったことです。AI領域は数か月で常識が変わる。過去の正解に依拠した瞬間、顧客の期待だけでなく、意思決定の速度も損なってしまいます。この経験から、専門性とは「知っている量」ではなく、変化を捉え、検証し、次の判断につなげ続ける力だと捉え直しました。
最初に変えたのは、個人の知見を組織の知へ転換する仕組みです。ITSOには、最新技術を実際に検証してきたエンジニアが揃っています。それまでの私は出向先での情報収集に閉じ、社内の知を十分に活用できていませんでした。そこで、案件ごとに蓄積していた知見や検証結果を社内で持ち寄り、一次情報と、実際に触った人にしか得られない感触の双方を共有する形に変えました。変化が速い領域ほど、個人の情報収集力よりも、組織として学習する速度が競争力になります。
次に、顧客との対話を「案件起点」から「論点起点」へ切り替えました。それまでは、相談を受けてから調べ、回答するという順番でした。それでは、どうしても後追いになります。現在は、技術動向と、それが事業や業務に与える影響を定期的に議論しています。お客様が捉えている変化も共有されるため、認識のずれを早期に解消し、同じ前提に立って意思決定の精度と速度を高められるようになりました。
そして、自らの時間配分を、説明資料の作成から検証と実装へ移しました。現状整理や資料化はAIに委ね、空いた時間でプロトタイプをつくり、実際の挙動を確かめる。以前は「一般論として可能です」としか語れなかったことを、いまは「この条件で、ここまで実現できます」と結果で示せます。助言の解像度は、自ら手を動かした分だけ高くなると実感しています。
助言で終わらない。顧客の内側に入り、変革が動くところまで担う。
知見を組織で共有すること、顧客と継続的に論点を交わすこと、そして自ら検証すること。この三つを積み重ねた結果、単に任される範囲が広がっただけでなく、課題の定義から組織の設計、実行の責任まで、より本質的なテーマに関与できるようになりました。
その象徴が、AIによる自動化、RPA活用、業務コンサルティングという三つの機能を備えた新組織の立ち上げです。組織の構想段階から体制構築、実行支援まで一貫して伴走し、現在は顧客企業に出向して室長を務めています。プロジェクトを納品する立場にとどまらず、顧客組織の一員として変革の実行責任を担えることに、大きなやりがいを感じています。
このような越境的な役割は、私だけの例外ではありません。現在、コンサルティング部門は約10名で、全員がマネージャーとしてプロジェクトを率いています。開発メンバーや外部パートナーとチームを組み、職種の境界ではなく、顧客に必要な成果を起点に役割を組み替える。コンサルティングと開発の距離が近いからこそ、構想を実装までつなげられます。
ITSOの特徴は、技術トレンドの変化を受け身で追うのではなく、事業機会として捉えることです。RPAからAIへと顧客ニーズが移るなかでも、可能性を見いだしたテーマには自ら手を挙げ、顧客価値になるまでやり切れる。一人ひとりの意思と行動が、次の案件や事業を形づくる環境です。
キャリアも一律ではありません。テクノロジーの専門性を深める道もあれば、顧客変革やプロジェクトを率いる道もある。役職や年次に自分を合わせるのではなく、本人の志向と生み出した価値に応じて、次の役割が広がっていきます。既定のキャリアに乗るのではなく、自ら次のポジションを定義できることも、ITSOの魅力だと思います。
小さな約束を守り、役割を越える。信頼は、その積み重ねから生まれる。
お客様との信頼関係で最も重視しているのは、約束を確実に履行することです。出向していると、正式な依頼になる前の相談も数多く寄せられます。その場で「確認します」と答えたなら、必ず結果を返す。大きな成果を一度示すこと以上に、小さな約束を取りこぼさないことが、継続的に任せていただける関係をつくると考えています。
もう一つの基準は、職務範囲ではなく、プロジェクトが前進するかどうかです。論点を整理する人がいなければ整理役を担い、意思決定が止まっているなら、判断材料をつくって提示する。その時点で不足している役割を引き受けます。また、相手の役職や周囲の評判に左右されず、誰に対しても一貫した態度で向き合うことも大切にしています。これは信頼を得るためのテクニックではなく、プロとして仕事に向き合う前提です。こうした積み重ねによって、依頼されたことを実行する立場から、構想や相談の初期段階から意見を求められるパートナーへと、関係が変わっていきました。
求めるのは、完成された正解ではなく、前提を書き換える意志。
私が入社した頃、ITSOの主戦場はRPAでした。現在はAI関連の案件が中心です。わずか数年で、顧客が求める価値も、私たちが担う役割も大きく変わりました。だからこそ、いま保有しているスキルの完成度以上に、前提の変化を捉え、学び直し、次の価値へ転換できるかを重視しています。
求めているのは、変化に耐えられる人ではなく、変化を機会と捉えて先に動ける人です。技術やツールは進化し続け、現在の事業や業務がそのまま続く保証はありません。環境に適応するだけでなく、私たち自身が次の市場や顧客価値をつくる側である必要があります。
面接では、過去の実績だけでなく、これから解きたい課題や実現したい事業について聞かせてほしいですね。その構想が、実際に新しい事業へ発展する可能性もあります。ITSOは、用意された正解を当てにいく会社ではありません。市場と顧客に向き合い、自ら正解を定義し、実装する会社です。職種にかかわらず、自分なりの展望を持つ方と率直に議論したいと思っています。
私自身、顧客企業で室長を任されるようになったのも、未定義の役割を引き受け、必要な価値を示し続けてきた結果だと考えています。キャリアの選択肢を会社から与えられるのではなく、自分の意思と成果で広げていきたい方にとって、ITSOには大きな余地があります。
私の座右の銘は「只管打坐」です。ただひたすら坐る、という道元の言葉で、何かを得るための手段として坐るのではなく、その行為そのものに徹するという考え方だと受け取っています。
大学で日本思想史を学んでいた頃は、どこか抽象的に感じていました。仕事を始めてから、いま果たすべき責務に集中し、評価や感情に左右されずやり切るという、自分の仕事観に最も近い言葉だと気づいたんです。
仕事では、二つの意味で大切にしています。一つは、成果に至るプロセスへ余計な自己都合を持ち込まないことです。自分がどう評価されるか、その仕事を好むかどうか、どれほど時間がかかるか。そうした判断で手を止めず、目的に照らして必要なことを順に実行する。私にとっては、それが最も確実に成果へつながる姿勢です。
もう一つは、手段を目的化しないことです。私はRPAを起点に、現在はAI領域を扱っています。技術が変わっても、顧客の業務と組織をより良くするという責務は変わりません。特定の技術を自分の看板にすると、環境が変わったときに手放せなくなる。守るべきは技術ではなく、顧客に生み出す価値です。技術は、その責務を果たすために最適なものを選び続けるべきだと考えています。