課題と効果

課題

  1. 個人情報を扱う機会が多い業務特性上、新ツール導入時のセキュリティ・ガバナンス審査が他部門より厳格になり、生成AIの活用検討自体が後回しにされてきた
  2. 事務的な対応にとどまらない「おもてなし」性の高い接客が求められる業務のため、オペレーターが一人前になるまでに時間がかかり、定着率の低さも課題となっていた
  3. ドライバーからの問い合わせと販売店からの問い合わせを合わせて月間150万件規模にのぼり、対応品質のばらつきや頻出課題を把握するための分析が、件数の伸びに追いつかなくなっていた

効果

  1. 「3年後のあるべき姿」を可視化したことで、抽象的だった生成AI活用の方向性について社内の共通認識が生まれた
  2. 対象を絞った問い合わせについては、生成AIによる分類が技術的に実現可能であることをPoCで確認。本番導入に向けた具体的な足がかりを得た

導入前

進まなかった生成AI活用と、育成にかかる時間という課題

このコールセンターが扱う問い合わせは、単なる事務手続きにとどまらず、「おもてなし」と呼べるレベルのホスピタリティが求められる性質のものだった。そのため、オペレーターが一人前として独り立ちするまでには相応の時間がかかり、定着率の低さも長年の課題となっていた。

加えて、個人情報を扱う機会が多いという業務特性上、新しいツールを導入する際のセキュリティ・ガバナンス面での審査や要件が他部門よりも厳しく課され、検討そのものに時間がかかるため、生成AIの活用検討自体が後回しにされてきた経緯があった。一方で、日々寄せられる問い合わせは、車に乗るドライバーからの問い合わせと、販売店(ディーラー)からの問い合わせを合わせて月間150万件規模にのぼり、対応品質のばらつきや頻出課題を把握するための分析が必要とされながらも、手作業に頼らざるを得ない状態が続いていた。件数の伸びに分析のスピードがまったく追いつかず、現場の負荷は増す一方だった。

図:コールセンターが抱える3つの課題

再設計

「3年後のあるべき姿」を描き、実証を積み重ねる

本プロジェクトでは、FAQの自動作成なども含め、約10のユースケースを検証項目として設定している。その中でも最初の一歩として、約3か月をかけて受電補助アプリのデモ開発に着手した。オペレーターが電話応対中に見る画面を想定し、リアルタイムの音声を文字起こしして会話の文脈を検知、「こういう案内をした方がいい」というサジェストをその場で提示する仕組みを構築した。たとえば、ユーザーが目的地への移動について話した際には、AIがその土地の天気予報を把握し、傘の携行を勧めるといった気の利いた提案を行う。会話をさらに深掘りしたい場面では、AIが自動でWeb検索を行い、その結果を要約してオペレーターに提示する機能も備えた。技術的にはGPTモデルをベースに、検索APIとの連携によって実現している。

このデモは社内の成果発表会で披露され、参加者アンケートでは8割以上が「今後の活用に期待できる」と回答するなど、高い評価を得た。それまで漠然としたビジョンでしかなかった「3年後のあるべき姿」を目に見える形に落とし込んだことで、社内に共通認識が生まれたという点は大きな一歩だった。

全社への導入提案から、オンプレミスLLMによる分類PoCへ

手応えを得たことを受け、続く約4か月間で、コールセンター全体への生成AI導入提案を実施した。

その後、約5か月間をかけて、オンプレミスLLMを用いた問い合わせカテゴリ分類アプリのPoCに着手した。個人情報を扱う機会が多いという業務特性上、データを外部に出さずに処理できる環境が要件となったため、クラウド型ではなくオンプレミス環境でのLLM活用を選んでいる。月間150万件にのぼる問い合わせのすべてを人手で分析するのは非現実的である一方、商品・サービスのラインナップによって求められる対応の質は異なり、そもそも「分析すべき問い合わせ」と「分析不要な問い合わせ」を大きなカテゴリで仕分ける必要があった。検証にあたっては、件数こそ少ないものの重要度の高い問い合わせに対象を絞り込み、窓口担当者が手動で選別・アップロードしたデータをもとに、AIによる分類精度を検証し、本番導入に向けた技術的な足がかりを確実に得ている。

体制の壁

本番化に向けて立ちはだかる壁は、大きく2つあった。1つは、現場のオペレーター・戦略部門・インフラ部門という複数の部署にまたがる協力体制を一本化すること。もう1つは、既存システムの多くが外部ベンダーへの委託によって構築されているため、AIとの連携にあたって複数のベンダー、場合によっては紙や旧システムに残るデータまで含めた既存インフラとの調整に、想定以上の時間を要した点である。

導入後

共通認識という土台

この案件が生み出した最大の成果は、これまで「なんとなくこうなったらいい」という程度でしか語られていなかった「3年後のあるべき姿」を、デモという目に見える形に落とし込み、社内の共通認識に変えたことにある。加えて、対象を絞った問い合わせについては生成AIによる分類が技術的に実現可能であることをPoCで確認できており、本番導入に向けた具体的な足がかりを得られている。

最終的に目指す「3年後の姿」は、既存の顧客データシステムとシームレスに連携し、データを一元化した上で、オペレーター支援と問い合わせ分析の自動化を実現することにある。関係者を巻き込みながら、着実に前進を続けている。

個人情報を扱う特性上、生成AI活用の検討がなかなか進まない、あるいは大量の問い合わせ分析が手作業の限界を迎えている――同様の課題を抱えている企業にとって、参考になる事例ではないでしょうか。